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〜ピンチのもりたんぼを救ったのは、梨だった〜

ある朝、なにか気がかりな夢から目を覚ますと、私は1匹の巨大な虫に変わっていた。

カフカの「変身」という小説は主人公のグレゴールがある朝、巨大な虫になっているところから始まる。虫嫌いの私からしたらどんなホラー小説よりも怖い設定…。

2014年の7月のある朝、なにか気がかりな夢から目を覚ますと、バチバチバチッ、雨が激しく窓をたたいていた。

「ちょっと畑の様子を見てくる」

そう言って飛び出して行った夫を1歳の長男を抱っこしながら見送った。

「どーやった?」

数時間後、おむつをかえていると夫は帰ってきた。

「。。。」

あまりの沈黙の長さに、息子のおしりから夫の顔に視線を移してみると、そこには巨大な虫に変えられて衝撃を受けたグレゴールのような夫の顔があった。

畑はほぼ水没していたという。

すごい勢いで増量した川の水が用水路に逆流し、畑は田んぼになっていた。

昨日まで青々としていたパクチーはもちろんのこと、前日に撒いていた秋収穫用のパクチーの種も大量に姿を消していた。

「また種を撒けばいいやん」と明るく言ってみたが、夫の顔色は変わらない。

「すぐに種撒いてもパクチーは9月までは育てへんで」

つまり、7、8、9と3ヶ月売るものがない=無給の日々。

私は1歳の長男を抱える身、マンションの家賃もある。

「農業、無理かもしれん」

夫がそう言ったのと「ブー!!」息子のお尻が鳴ったのは同時だった。

「わー漏れてる!」

息子を抱えていた私の手に生温かい感触が。畑は決壊したがこちらも朝から何度か決壊していた。

「台風が来るたびビクビク怯えるのは無理だ」

初めて夫が農家を断念しようかと思っている横で、私は今日何度目かのおむつ替えと格闘していた。正直、新米ママの私は、明日からの無給生活より今日、後何回オムツを変えるのか、小児科が今日やっているのかということで頭がいっぱいだった。

しかし、夫は農業を辞めなかった。取引先に謝りの連絡を入ると「なんかバイトないの?」と周りに聞き回った。すると近くの果樹園が梨収穫のお手伝いを募集していた。

数日後、我が家のマンションの廊下には大量の梨が転がっていた。多忙で収穫シーズンに帰って来られない梨園の息子さんの代わりに、夫が梨をもいでいた。

たっぷり果汁が詰まった丸々と大きな梨。美味しいのに、形がいびつなどで売り物にならないものを夫は毎日もらって帰ってくる。

私は梨と梨と同じようなサイズの頭をした息子を抱っこしながら、毎日近所に配った。

お返しに米やジュースやのり、お菓子、いろんな物をもらった。

「今日はもらったナスで焼きナスやで」

我が家の献立は、梨が生まれ変わった品々で構成されていった。

梨園のおばあちゃんと仲良くなった夫はその後も二年、収穫シーズンには手伝いに行った。

おかげで長男も次男も梨については詳しくなり、保育所で梨が出ると

「先生、これ幸水や。この後に採れてくる豊水のほうが柔らかいけど、こっちの方が好きや」と品種を語っていたらしい。

夫はこの台風を教訓として、畑が増えたタイミングで川沿いの畑からは撤退し、台風シーズンには大雨、強風に強い作物栽培に切り替えた。

私もその頃には、軽い息子の体調不良には怯えなくなっていた。梨バイトでなんとか無給生活をしのぎ、秋には待望のビニールハウスの建設が始まる。

いよいよパクチー栽培もパクチーブームも本格的な波を迎えようとしていた。

次回に続く。

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